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チラシの裏の世界へようこそ

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最近、pplogというWebサービスにハマっている。
pplog - ゆるふわインターネットにポエムを刻もう
気がついたら、Twitterより滞在時間が増え、Twitter離れしていた。妙な魅力がある。
 
pplogはポエムを投稿するサービスだ。
ポエムは一度に一件のみしか公開されず、新しいポエムを投稿すると古いポエムは非公開になる。
ユーザーは自分の過去のポエムを閲覧することができるが、他のユーザーの過去のポエムは閲覧できない。
 
pplogにはいろんなものがない。
先に書いた通り、他人が閲覧できる過去ログが無い。
能動的なコメントができない。
広告が今のところない。
見もしないサイドバーに余分な導線が存在しないのでポエムを読むことに集中できる。
一度に一個しか画像が投稿できない。
ポエムの投稿にタイトルは書かなくてもいい。ポエムの一行目が便宜上タイトル的な役割を果たすことになる。
サービスの構造がミニマルだ
 
能動的なコメントが出来ない替わりに、足跡を残すことができる。
閲覧しているポエムの文章を引用して引用付きの足跡を残すことができる。
私はこの足跡機能をとても気に入っている。
 
足跡って懐かしい。
初期のmixiを思い出す。
ただ、pplogの足跡は、足跡を付けるか付けないかはユーザーの判断に委ねられる。
ポエム閲覧しただけでは足跡は残らない。
足跡を付けても、付けた時間が表示されない。
ポエムを見てるよ、と相手に伝えるのに最低限の機能を果たしている。
足跡残したくないから投稿を見なくなるとか、この人何回も自分の投稿見にきててキモいみたいな、単純に投稿されたポエム自身を楽しむ為に邪魔になる無駄な機能はない。
 
足跡、付けるか付けないかはユーザーの判断に委ねられると書いたが、
個人的な足跡付けポイントはポエムの文中に心が動いたかどうかな感じに気がついたらなっていた。
今風に言うならエモい言葉に足跡を付けていてる。
ポエムの性質上、不思議なもので大体のものにこのエモい言葉というのがあって、
いずれ読めなくなってしまう一期一会な儚い感じもエモみを増している気がする。
記憶の仕組みに似ている。
人間の欲望として、全てのログが見れたら便利なのに、という望みはあるだろうが、読み手が結局人間なのだから、全て閲覧出来たり検索が正確に出来たところで結局全て覚えてはおけない。
 
過去ログが残らないので、Twitterのような拡散性は無い。故に、炎上性も低い。
心の闇を解き放ったはいいけど、不特定多数に公開しっ放しは嫌だなっていう内容はさっさと次のポエムで上書きしてやればいい。
これが通称「ポエ消し」と呼ばれる行為だ。
 
間違ってはならないのは、限りなく揮発性の高いミニブログサービスだが、オープンなものだということ。
本当にヤバい内容やプライベートなものは何よりもインターネットの海に解き放たないほうがいい。
 
ポエムに何を書くか考える時間が増えたことで、考える癖がついた気がする。
考えたことを、割と恥ずかしくない感じでアウトプット出来るので、より自分の考えやモヤモヤの根幹みたいなものを俯瞰するきっかけになってくれている。
今なにしてる?と聞かれて脊椎反射的に深く考えていないことを垂れ流すより、なんとなく自分には合っている。
あまりカッコつけてもいずれ消えるものだから意味ないのも良い。
光が強いとそれだけ闇が濃くなることを知っている。
言いたいことも言えないこんな世の中なので、言いたいことをチラシの裏に書き殴って破り捨てる行為が私のような人間には心地いい。
 
そんな訳で、私は今pplogにハマっている。